第二回 「垣間見す」後編

(前回からのつづき)

実家に帰った。
玄関がとても綺麗になっていた。
リビングは見知らぬリビングになっており、模様替えされたカーテンが足元で揺らめいていた。
そして迎えてくれた幼かったはずの妹は大学受験の話をし出した。

((まっったパラレルかよ‼‼‼‼‼))

胸中で叫んだその時のわが身を思い出すと完全にパラレル疲れしていた。(ただ成長しただけ←)

可もなく不可もない(いい意味で)ストレートから逸することない“この上ない愛”そのもので出来た母親御手製のパウンドケーキはとても懐かしく美味であった。
その味がこの「実家」という概念を集約していた様な気がした。私ははちみつをかけた。
輝くパウンドケーキを胃に収め、よし、と腰を上げた。

階段を上りかつて永遠を過ごした自分の、いや己が部屋へと踏み入った。
何だか人の部屋に忍び込んでいる様で本棚をじっ~と見るわけにはいかなかった。
しかしそんな感情はより興味をそそるものだ。背表紙のタイトルに目を流す。

((こじれてんなああ‼‼‼‼))

初めて客観的に自分の集めたモノで敷き詰められる本棚を見た。

この瞬間自分の中の色収差がピチッと今の私の輪郭に収まる感覚がした。
RGBならぬ、“引っ越す前の過去の私”と“越した後の今の私”と“目指すべき先の私”の三原色だ。

夏前の6月に宣言が一旦終わりヒンガシでのパートタイマー生活が始まった。
今までずっと同じ環境に居たため、高校に上がっても中学生の同級生がいたり、大学に行っても同様。バイトに行っても何かしらで繋がっていて、どこに行っても関連付けられた環境でしばらくを過ごしていた。

そんな自分にとって新境地での環境はtwitterの出戻りに近い感覚があった。
それは人格内での出戻りであって、即ち“人格の強制的出戻り”である。
かつてはゼミ室で鬱屈としていた私もパート先ではとても明るいムーブをかましていた。
なので私は宣言後、明るい人間と化していた。(話が合う人と感覚の距離感が近めな人が多めだったからというのもあるが)

この1日目に到着した朝から感じる白~くぼんやりした本当の正体が分かった気がした。

それはきっと愛知に居た頃の自分と、越して宣言が出た後でのヒンガシでの生活の自分が明らかに変わっていたからであろう。
内はある程度変わらねど「側」は自分でも変わったなという自覚があった。

その前の私と、今の私と、先の私の収差が一致してしまった。
地が通ってしまった感覚というか、宣言後のある種の全能感が溶けてしまった。
(その後パート先で立ち回りは非常に難しかった…)

そして、だいぶ内的な話になってしまったが、今回我々MURAバんく。がCOMPLEXというレーベルから出るにあたって、あゆさんとは勿論、各所で多くの人とのコミュニケーションの日々が絶えず続いた。
引っ越す前後での一番の変化はそのコミュニケーションを取る量である。圧倒的に違う。

(有難いことにも)実家にいる頃は黙って過ごしていても夕食は出る。しかし(当たり前のことだが)この一人での生活、音楽をやるとなるとそうはいかぬ。
第一として鬼門「コミュニケーション」が必要となる。
それを今までできる限りしない方向で物事を進める人間であったため、本心が伝わらず誤解を招いているな…っという沈黙の状態が各所で見受けられた。

COMPLEXからリリースすることになり、私に起こった変化はそこである。
ちゃんと伝えるためには自分の1枚奥をちゃんと伝えねばならぬ…。
それが3つめの“目指すべき先の自分”である。

この「“目指すべき先の自分”」という言葉自体もふらっと寄った書店で何となく手に取った新書の帯に書いてあったりしたら((うるせえ))と元の場所に戻してしまうだろうが、ここは今一つ戦わねばならぬ時だ。

その色収差がピチッと輪郭に収まり、自分の部屋の白々しさを消す錯覚を起こした。
そして、改めててっぺんでリザードンが火を噴く本棚に目をやった。
そこにはそんなかつての私を救ってくれた全てがあった。

日々、外で感じた白黒つけられぬ感情を言葉や表現で落ち着かせてくれるモノ。
そしてそれ以上に((なんじゃこりゃ‼))と言語感覚の追い付かぬモノから起こる興奮や喜び。
そしてそのモノに宿る作り手の面影。

カセットテープ。

作り手と受け手のやり取り。
モノとして興奮するモノ。
手に取って静かに忍ぶ衝撃。
その場から別の風景に連れてくれる音楽。

こめかみあたりで渦が巻く。ポケモンDPでポフィンを作るが如くぐるぐる巻く。

知らぬ名称。
想像できぬ規格。
冒涜に繋がってしまうかもしれない不安。
レーベルから出すことで試したい化学反応…。

待てよ、
2色刷りのアメコミ感のあるラベル…!
でも日本の漫画っぽく、あ、ジャケをそうするか…!
正解を求める優等生すぎず愛着のある音像…。
魂の一発録り…!
業者に頼めないところは手作業でやるか…。

ピンコン!

どう森のリアクションの電球の音がこめかみで鳴る。

もう、もういっそ全部込めたモノを作っちゃおう。
ちゃんと自分の中にあるヘイトも含めて、フェイクのないモノを。
そして、それがちゃんと人に届く形で作ろう。
そしたらきっとカセットテープも振り向いてくれるだろうか…!

沸々とこめかみで回し過ぎて形にならぬ焦げたポフィンをおでこに私は自分の部屋を後にした。

そしてそれからヒンガシの地へ戻ってから生活が再開された。
しかし、その目指す人格にすぐ変化できるなんて甘いルートは存在せず、色んな胃の痛みと共に日々カセットテープを想い続ける日々だけがずっと続いた。

そしてその時の私もまだエンドレスW(ウィンター)に身が置かれていることに気付いていなかった。
“ちぐはぐなコミュニケーション?でも別に構わない
明日から平和なら! chu chu yeah!”

自分の中で生まれるカセットテープという概念をただ傅きて冬は奥まった。