第三回 「回らす」

バャャャァァァウン‼バャャャァァァウン‼バャャャァァァウン‼

町に怪獣でも現れたのかと錯覚させられるようなアラームに気圧され、割れる液晶越しの時間を見る。
AM 7:50。まだ大丈夫。まだ、いけると布団を被る。するとより威勢を張るアラームに脳が叩かれる。うるせえなあ!とホームボタンを押すとAM 8:00と映った。
え、もう10分経った?にしても寒ィいなあと師走の朝に一言文句を立ててまたホームボタンを二回押す。

dアニメストアのマイページから新着のアニメを確認して開く。そして再生し、布団を蹴り上げ二畳のロフトを降りる。すると一日が強制的に始まる。
虚構に塗れる朝は通常の朝より快適だ。20数分間で朝の身支度の工程は進められ、エンディングの流れる頃に焦り出す。徐々に現へと、社会へと身が移っていく感覚と歯を磨く。

radikoはできるだけwifi環境下で開く方がスムーズだ。わざわざ位置情報をオンにしなくて済むため、部屋で昨夜の放送を巻き戻し再生する。耳うどんを装着しバイトの必要最低限の荷物をダウンのポッケに入れ、ケッタマシンと部屋を出る。
寒ィいなあとケッタマシンを肩に乗せ階段を降りて、その感情でグンとペダルを踏みこみ回転数を上げる。
そして身は青梅街道へと深夜のお喋りと吸い込まれ、渋谷に着くまで回し続ける。定められた時間に流れられるため、回し続ける。そしてそれから8時間、定められた時間までスタッフとして働く。

バイト終わりの12月。街の変える装いに浮かれるカップルたち。それを見てモクッと頭上に雲一つ。
その想いは。

「あと一曲、ど う す ん の ?」

この時レコーディングまで残り一カ月を切っていた。
そう、4曲中3曲はこの時点で決まっていたのだが、”B面のB曲”が全く出来ていなかったのだ。
イメージの候補は幾つかある故に、全体の塩梅を考えながらの一手はなかなかに決まらなかった。
それに其々のアレンジもなかなか進んでおらず、自分でやると決めた二色刷りのジャケとラベルのイメージも形にならず焦×焦×焦状態。気づけば天井に掛けられた分の雲が覆っていた。THE低気圧。

それからずっと、頭の中はカセットテープのことばかり。
アニメを見ながら朝食を摂る時も、ラジオを聞きながら風を分ける中も、バイト中のふとした時も。モクッと雲は現れ、それに気づくと雲は増殖される。だから私は考え続ける。

作りたいイメージがある程度形になったとしても、それを本当に形にしようと思うとある程度の胃の痛みを伴うことを知った。
己のHPに、気にかけねばならぬ残り時間にその先々のこと。諸々に費やす自分のバランス力が試された。そして進めるための人とのコミュニケーション力も。
それらのパラメーターがヘッポコな私に浮かぶ雲はなかなかに日常から遠のかず、低いところでずっと浮かんでいた。故にただずっと考え続けた。

気づけばレコーディングの二日前1月5日の朝。昼過ぎからのスタジオ練習、翌日のスタジオ練習が終わってしまったら次はもう本番だ。

「喪服の裾をからげ」は2020の自粛明けからライヴで何度か演奏したし、尾張の地で生活する鍵盤のおdとも通話で何とかシンセの音が作れたり、不安材料はそんなにない。

「MURABANKU-BUSHI」は展開を一つ入れるかどうか…。ちょっと作っとくか。

「日常系(仮)」はおdが東京に来た時に、月もかじかむ真冬の極寒の井之頭公園で実際に合わせができ、共同でメロディも完成させられ、その録音をもとに皆アレンジを考えてくれなんとか行けそう。ただおdとトランペットのシイナボーイはまだ直接会うのが2回目だし、ポジションにおけるキャラクターが結構近いから、その塩梅がカギだなあ…。

「???」



…「???」!?

まあまあまあまあ、一応イメージはあるんでね。
そうスタジオで皆にほざいたあの時の己の頭にマカチョップを見舞ってやりたい。
最後の一曲が相変わらずできていなかったのだ。
オーマイ。どうしたもんかいのーーーーーう。(モクモクモクモク)

とは言ったものの散々イメージはしてきた。今回のテーマをバチっと裏付けしてくれるような、今作のシメに良さそうな、そしてちゃんと我々の挑戦モノである曲。

…ポカン!と作れた。ずっと浮かばせていた雲の一片を摑んでらくがき帳に起こす様に。瞬間的にできた。
これだ…!!

Lofi hiphop。
学生の頃から身の回りのミュージシャンとの会話であまり良い話として挙がらない単語である。「何?チルってやつ?w」。
故にそういう場でこの音楽の話をしてもあまりいい顔はされないだろうといった風潮を勝手にずっと感じている。
それは私がlofi hiphopが異常な程に無茶苦茶に大好きだからこそ感じるのかもしれない。
基本的に私は本当に好きなことや好きなモノを挙げると「やってんなあ」の餌食になる。
(この話はまたいつかまた説きたい…)

今作はちゃんとリアルを吹き込むという縛りプレイを設けたため、これはもってこいではないかと4曲目に入れることにした。
手動で調整した生音で(エフェクト使わず)、地でlofi hiphopをやるという挑戦だ。
チェの発案によりブツブツとしたノイズでなく、ジューーーとした音が入っている。
エフェクトかけられたものを生でやるという皆各々のアイディアによって完成した。
BUSHIの展開も無事完成し何とか鬼のレコーディングを乗り切った。

そして新たなマップが解放されるようにスケジュールが更新されていく。
ミックスのやりとり、デザイン、納品、レコ発、お店とのやりとり、complexのライヴの前座、その他諸々…。

昇華させたはずの雲はたなびきにたなびいて、もう冬という季節ごと覆いかぶさるようにモクモクモクモクと増殖を続け、ゴールはもう見えなくなった。
これが俗にいうエンドレスW渦中である。何を終わらせても、冬が…終わらない…!
そして低気圧に腹痛は続く。

バャャャァァァウン‼バャャャァァァウン‼バャャャァァァウン‼

な、何事だ!?と目が覚めアニメを点けロフトを降りる。そして身支度が済んだら耳うどんを装着し昨夜のお喋りを追いかけ青梅街道を走る。覆われる雲の下を。

“ああ まわるまわるレコード
ふくれてはじけたら 焦げ目音符になるよ“

生活を回すために再生があるような、そんな毎日をずっと過ごしている。それは生き延ばされる様でもあり、其々が更新され「new」を開くために日々を過ごしているような。
そこまで生活にとって大きなものでなくても、誰かの些細な再生に繋がるようなモノが作れたらなあ、と思いながら今日も貴方の雲の横を走っております。