第五回 「注ぐる」前編

究竟の曖昧な夢路を抜けると他人の部屋であつた。

私はゆるキャン△の斉藤さんよろしく紅い寝袋に包められており、乾燥した喉の具合から((あ、小島えも宅に泊まったんだった))と思い出す。彼の部屋は何故かいつも乾燥する。
そしてそこに彼の姿はあらず「ごめん、明日予定が出来ちゃって…夜にはまた再開できるから、それまであるもんテキトーに食べてても大丈夫だから留守番してて」と今の自分が留守番を勤めている状態だということと「このパンとビーフシチュー食べていいよ」という昨晩の彼の言葉を思い出した。

寝袋から時計を見やるともう昼前だった。ちゃんと時計を壁にかけて生活している人の部屋で今日は晩まで過ごすんだと思うと俄かにワクワクしてきて、歌いながらキッチンへ向かった。

テーブルには律儀にパンとビーフシチューがあった。有り難い。ちゃんとセットアップのテーブルとイスで、パンとビーフシチューというセットアップな朝食を今から摂るんだと思うと俄かにワクワクしてiPadでカラオケの動画を流し歌ってシチューを温めた。

小島さんがデーt、あ、”予定”から、“出来ちゃった予定”から帰ってくるまでにジャケを完成させなければならない。
この日は2月27日。発売は春を分ける3月の20日。
本気(マジ)でこの日に描き上げねば、本気(マジ)で間に合わない。

要らぬところで冴える己の勘の良さに痛みつつ、温まったシチューを美濃焼らしき陶器に注いで、歌う。足元の霞む他人のそこそこに広い部屋というのは、誰もいないトンネルの中にいる様で、どこまで大きい声で歌えるか試しつつ一人スプーンを用意する。ちょっとばかしサイズが大きめのスプーンを。

そもそも小島えもとは誰だ。それを説明せねばならん。
インスタントに紹介すると、デザイン面で協力してくれる“紐解き二スト”である。
は?といった感じであろう。
もう一寸説明すると、愛知の頃からの先輩?違う、戦友?違う、仲間…?………近いッ!!そんな存在であり、これまでジャケでだったり“おむら新聞(フリーペーパー)”のアドバイスや入稿作業を手伝ってくれる仲間!である。
(「いや、変に“!”足して含みのある意思を主張すんなよッッ!」と私のしょうもない戯言に大きな声で搭乗してくれる非常に稀有な有り難き存在)
今作は、ジャケもカセットのラベルも“2色刷り”といった古き良き印刷方法で完成させる目論見が合った。

カセットテープ。
私自身触れ合うことなくこの20数年を生きてきたため、相手側の価値観が分からない。それ故に既存の価値観、文化のフォーマットに合わせて“分かってますよ面“するのも相手にバレる。良くない。
何より己を上手く反映したモノに仕上がらないだろうということで垣間見を続け一番適度な距離を考えたのである。
それが“2色刷り”での制作である。ラベルもジャケも。誰もやっていないだろう、けどちゃんとケツ持って己たちで切って張ったりしますよ、と「体力度外視の夢の物体を作り」といったテーマが生まれた。

何より手に取った時に感じるwktkを。

しかしその印刷への入稿がまた鬼門であったのだ。
えもの指定してくれたサイズでiPadで絵やら何やらを2色で描く。そしてその2色を其々のレイヤーに分け、2つのデータを空気を介して小島へドロップし、リンゴの光るPCで入稿用に仕上げる。(主に色の濃度の調整)
この作業がなかなかに大変で、昨晩から始めたラベルのデータが完成したのは今日の早朝を迎える一歩手前の刻であった。

ラベルはもう完成した。あとはジャケ。
イメージはもう頭に十分にあるから大丈夫。
気づいたらYouTubeでワンダヴィジョンの考察動画を観ていた。
スプーンを握る手を止め、ちゃんと観ていた。

ワンダヴィジョン。
MARVEL映画、所謂MCU軸において初のドラマ作品であり、昨晩から続いたラベルデータの制作後私は一人早朝に残ることにしディズニープラスで更新された最新話を観たのだ。
((軽くネタバレに繋がります))

8話。
今作は全体がシットコム調で物語が展開されていくのだがその理由の分かる貴重な回であり、これまた中学の頃から追っていた身からするとかなり感慨深いものがあった。大幅な時空の繋がった感じ。それに伴う謎の輪郭がはっきりとし、登場人物の奥行がまた一つグッと深まる感じ。これだからMCUはやめらんない。そしてその高まりと同じ量の((?))が生まれ、また考え、キャラクターに思いを馳せる。

はああああああ~~~、なるへそ~~~~~と、画面越しに唱える侍の予想と造詣の深い解説に声を打つ。
コミックの文脈とその人の持つ哲学と雑学からの紐解き。グッッ胸がアツくなり私はサーフボードを片手で抱える様に関連する動画の波に乗っていた。

紐解き。

((あ………、ジャケやんなきゃ………。))

四角からYouTubeをスワイプし、食器を水につけた。
中々落ちぬ汚れ、壁に掛かる時計に視線をやるとお昼を結構に回っていた。
満たされたのは腹でなかった。よし、昼食にしよう!

「あるもんテキトーに食っていいよ」

昨晩の彼の声がフラッシュバックした。

先ほど水につけたのは恰もビーフシチューの皿だけの様に記述したが、実際グラノーラも頂いていた。頂戴しておった。
棚に置かれた3種のグラノーラがあり、それを其々少量ずつ皿に雪崩させ「合格」「まずます」「…絶品!」と一人偉そうに評を下し、動画を観ていた。THE嫌なヤツ。

昼はラーメンを食っていいという申し出を受けおり、鍋に火をつけ、歌った。
出来上がったスガキヤの台湾ラーメンに、胡麻だのニンニク唐辛子だのキッチンの在処を知っている香辛料を色々試しながら食って、そして歌った。
そしてワンダへ想いを馳せる。大忙しだ。

いやいやいや、いかん、いかん。やんないと。
気づけばバイトの元先輩に通話をしていた。

待ちに待ちに待ちに待った「ポケットモンスター ダイヤモンド/パール」のリメイクが昨晩にダイレクトで発表された。
しかし、そのリメイクの制作が“外注“であり、ファンの期待していた像とはまた少し違い、それについての賛否でTwitterは溢れかえっていた。
私も観た時((頭身ひっく‼))と思わず突っ込んでしまったものの全体的にワクワクした感情があったため“否”に旗上げるのもよろしくないし“外注との制作の流れ”についての知識がないので何も言えんなと、ゲーム関係のライターをやっている先輩に連絡していた。

過多な情報量が良いBPMで脳を流れていく。16のリズムで流れていく。
それに「は~~~なるほど~~~」と相槌を打つ。
リメイク、外注、昨今のゲーム業界の流れ、色んな疑問が解かれていく。

「実際思い入れを超えるってなかなかだし、買って触れて良いとこも悪いとこもいうのがゲームへの愛!」。

脳天に落雷が直撃し、両膝を打って、クロスして打って、戻してまた打った。
すっきりしました!と感謝を伝え赤くなった膝から壁に掛かった時計に目をやるともう夕刻に差し迫っていた。

足元の異常な程資料が入った私のショルダーバッグは夕映えに溶け始めていた。
コンガリ焼けた脳と他人の部屋というクローズドサークルで起きる不可解な事件はさらにつづく。
つづくったら、つづく。

(後編へつづく)